環境社会学会国際交流委員会は、2025年11月24日に研究例会「韓国環境社会学の現在地」を開催しました。例会の報告および印象記を掲載します。
小野奈々(和光大学/国際交流委員会委員)
1.研究例会の概要
本研究例会は、第11回東アジア環境社会学国際シンポジウム、ISESEA-11(韓国)に向けた準備の一環として、国際交流委員会の提案により企画されたものである。ISESEA-11の開催地である韓国の環境社会学について事前に知見を得ることで、今後の国際的な研究交流をより実りあるものにすることを目的としていた。
企画は、今期国際交流委員会委員である松井理恵氏(跡見学園女子大学)および高野聡氏(原子力資料情報室)を中心に進められた。法政大学・堀川三郎研究室に短期客員研究員として一時滞在中であったハンシン大学校のイ・サンホン教授に、韓国環境社会学の現状について報告いただく機会を設けるべく、帰国直前という限られた日程のなかで実現した研究例会である。
研究例会は2025年11月24日午後に開催され、跡見学園女子大学文京キャンパスでの対面開催と、Zoomによるオンライン参加を併用するかたちで行われた。当日は、対面参加者7名(イ教授を除く)、オンライン参加者10名が集まった。冒頭では、学会会長・関礼子氏の開催挨拶が、司会の大塚健司氏(アジア経済研究所・国際交流委員会委員長)によって代読された。
当日のプログラムは以下の通りである。
報告1
高野聡(原子力資料情報室)
「927韓国気候正義行進実践報告—インターセクショナリティの概念を手がかりにして—」
(使用言語:日本語/25分)
報告2
イ・サンホン(韓国・ハンシン大学校 教授)
「韓国環境社会学会の発展過程に対する省察(2000~2025年)—ECO誌掲載論文に着目して—」
(使用言語:英語/45分)
質疑応答
(日本語・韓国語の逐次通訳/45分)
高野氏の報告は日本語で行われ、イ教授の報告は英語で行われた。質疑応答では、日本語で質問を受け付け、高野氏がイ教授への逐次通訳を担当した。
2.報告内容について
2-1.高野氏の報告
まず、高野氏より「927韓国気候正義行進実践報告—インターセクショナリティの概念を手がかりにして—」と題した報告が行われた。高野氏は2010年以降、韓国に拠点を置き、研究活動とともに脱原発運動や環境運動に参与してきた経験をもつ。本報告では、そうした実践と調査の蓄積をもとに、韓国の気候正義運動の展開をインターセクショナリティの視点から分析する試みが示された。
報告ではまず、韓国における近年の気候正義運動の高まりについて、温室効果ガス削減目標やエネルギー政策の変遷を背景として整理がなされた。あわせて、2019年の「気候危機非常行動」、2022年の「9.24気候正義行進」といった重要な行動が紹介された。
また、気候正義行進のサイドイベントとして実施される「オープンマイク」や、2023年に開催された「N個の気候正義宣言大会」などを通じて、参加団体や個人がそれぞれの立場から気候正義を語る場が形成されてきたことが紹介された。こうした動きを通じて、韓国の気候正義運動は幅広い団体が参加するインターセクショナルな運動へと発展を遂げ、社会的な認知が広がった点が強調された。
結論として、高野氏は、韓国の気候正義行進が数万人規模の参加者を包摂する公共的な広場として定着し、気候正義の社会的認知を拡大してきた点を成果として挙げた。その一方で、政治的な具体的成果の乏しさ、運動の単発化、複数のアジェンダのなかで気候正義の主張が希薄化する可能性がある、といった課題も指摘された。
2-2.イ教授の報告
続いて、イ・サンホン教授より「韓国環境社会学の発展に関する考察(2000~2025年)—ECO誌掲載論文に着目して—」と題した報告が行われた。冒頭では、ハンシン大学所属であることに加え、環境NGO「GREEN FUTURE」の事務局長や、韓国政府の持続可能発展委員会に関わった経歴などが紹介された。
報告では、韓国環境社会学の知的潮流を、学術誌『ECO』に掲載された論文タイトルの共起語分析などを用いて整理するという方法が示された。2000年代には、原油流出事故や干拓事業といった大型開発をめぐる争点が主要な研究テーマであったが、2015年頃を境に研究動向に大きな変化がみられるようになったという。
具体的には、「生態(Ecology)」への関心が低下する一方で、「エネルギー」「気候」をめぐる研究が急増し、中心的テーマとして位置づけられるようになったことが示された。さらに近年では、「複合危機への対応」や「気候危機研究の深化」が新たな研究領域として台頭しており、「気候正義」や「公正な移行」が重要な概念となっていることが報告された。
また、エネルギー転換をめぐる対立、原子力リスクと東アジア協力、共同研究の必要性といったテーマの広がりに加え、産業環境問題や人新世理論をめぐる研究の進展についても紹介があった。
最後に、韓国環境社会学が抱える課題として、理論的基盤の弱さや、国家資金への依存による研究の独立性・批判性の確保の難しさが指摘された。環境不平等やジェンダーの問題について、韓国的文脈に根ざした理論構築の必要性が強調された点も印象的であった。
3.質疑応答
報告終了後、休憩をはさんで質疑応答が行われた。質疑は主に対面参加者から出され、報告者がそれぞれ応答するかたちで進められた。
まずイ・サンホン教授に対しては、韓国において環境社会学が成立・発展してきた過程に関する質問が寄せられた。具体的には、日本の環境社会学が成立期において、既存の社会学との関係のなかでアイデンティティの確立に苦労してきた経緯があるが、韓国の環境社会学においても同様の困難があったのか、という問いであった。また、日本の環境社会学が「環境問題を扱う社会学」と「環境と社会の関係を扱う学」とのあいだで自己理解を揺らがせてきたのに対し、韓国の環境社会学はどのような自己理解をもってきたのか、日本と比べた場合の特徴はどのような点にあると考えられるか、といった質問も投げかけられた。
これに対し、イ教授は、韓国の環境社会学が一貫して「環境問題を扱う社会学」として自己理解してきた点を指摘した。すなわち、社会学が環境問題にどのように関わり、解決に貢献できるのかという視点を重視してきたという。一方で、工学などの環境に関わる理系の学問を積極的に取り入れたり、気象学や物理学などの自然科学の研究者と協力しながら研究を進めてきたりしたことも、韓国の環境社会学の特徴であると述べた。しかし、物理的な存在や自然環境を正面から扱う環境社会学は、既存の社会学の枠組みでは理解されにくく、学問分野としての立場を確立するまでには多くの困難があったという。それでも、国際社会学会の「環境と社会研究委員会(RC24)」や、ドイツ緑の党をめぐる研究などから影響を受けるなかで、韓国においても環境社会学は徐々に認知され、分野として定着していった。イ教授は、こうした経緯を踏まえつつ、環境社会学には従来の社会学の枠組みを超える可能性があると述べた。さらに、韓国の環境社会学は、発展の初期段階において政治学の影響を強く受けてきたという特徴をもち、その影響は現在も続いている。日本の環境社会学では、特定の地域に長期間入り込み、継続的に調査を行うスタイルが主流である印象があるのに対し、韓国ではそのような調査方法は必ずしも一般的ではない。むしろ、欧米の理論的潮流を積極的に取り入れ、それを韓国の環境問題の分析に応用しようとする姿勢が比較的強いと述べた。イ教授は、こうした傾向は環境社会学に固有のものというより、韓国の学界全体の構造に影響を受けた結果であるとの見解を示した。
さらに、イ教授に対しては、研究資金、とりわけ助成金の採択をめぐる状況についての質問も出された。質問者からは、日本の科研費制度では、環境社会学分野における評価者が地域社会学的な研究背景をもつ場合が多く、その結果、地域調査型の研究は採択されやすい一方で、それ以外のアプローチは採択されにくいと感じている、という問題意識が提示された。そのうえで、韓国における研究助成のトレンドや評価の仕組みはどのようになっているのか、という問いが投げかけられた。
これに対してイ教授は、韓国では国家による研究資金が主流であり、多くの研究者が公的資金に大きく依存している現状があると説明した。そのため、研究の独立性や批判性をどのように確保するかが課題になっているという。韓国の環境社会学は、初期の段階で政治学の影響を受けながら発展してきたため、政策との結びつきが強いという特徴がある。そのため、研究者が研究助成に応募する際には、政府の政策に対して批判的な視点をもった研究が採択されるか否か、といった自己検閲の問題が憂慮される。イ教授は、このような研究環境が形成されている点について、日本と比較した際の大きな違いの一つである可能性に言及した。そのうえで、日本とは異なる制度的文脈のもとにおいて、研究の自由や批判的な立場をいかに維持していくかが、重要な論点となっているという見解を示した。
一方、高野聡氏に対しては、報告で紹介された韓国の気候正義運動について質問が寄せられた。具体的には、社会的不平等や差別、抑圧といった問題が気候危機というシンボルのもとに集約され、結果として運動が韓国国内に向いた内向きのものになっているのではないか、インターセクショナリティの観点からの不満が気候正義という枠組みに吸収されているだけではないか、という問いであった。
これに対して高野氏からは、韓国国内の問題にとどまらず、韓国企業が国外で展開する開発プロジェクトやエネルギー事業を、気候危機や気候正義の観点から批判的に捉え直す動きもみられることが紹介された。したがって、韓国の気候正義運動は必ずしも国内に閉じたものではなく、国境を越えた問題意識も内包しているとの応答がなされた。
質疑応答全体を通じて、韓国と日本の環境社会学の違いや共通点、研究制度や社会運動との関係性について、参加者それぞれが考えを深める機会となった。
4.参加しての感想
対面参加者の一人として、本研究例会は非常に充実した内容であったと感じている。隣国でありながら、韓国の環境社会学の歩みや特徴について体系的に知る機会はこれまでほとんどなかった。ISESEAという場を通じて各国の研究に触れることはあっても、それぞれの国の環境社会学の歴史や理論的背景を比較する機会は限られていた。
今回の研究例会は、日本の環境社会学を相対化して捉え直す貴重な契機となった。韓国の環境社会学が政治学的影響を色濃く受けてきたのに対し、日本では地域社会学的な調査スタイルが主流であることなど、両国の研究文化の違いが浮かび上がったように思われる。同時に、欧米理論との向き合い方や、ローカルな文脈に根ざした理論構築の課題についても、改めて考えさせられた。
研究例会の終了後には、対面で参加したメンバーを中心にイ・サンホン教授を囲んだ懇親会が開かれた。そこでは、研究交流の背景にある個人的なつながりや、長年にわたって積み重ねられてきた国際的な交流についても共有され、理解を深める機会となった。オンライン開催の利点を実感するとともに、対面での交流の重要性も改めて感じる一日であった。
なお、本研究例会は、松井理恵氏、高野聡氏、堀川三郎氏の尽力によって実現したものである。ここに記して、心より感謝申し上げたい。
ISESEA-11(韓国)に向けて、今後も韓国環境社会学の動向を共有する機会が継続して設けられることを期待したい。今回参加されなかった方々にも、次の機会にはぜひ参加をご検討いただければ幸いである。


