環境社会学会理事会は、国と建材メーカーが拠出する建設アスベスト給付金制度の実現にむけて建設アスベスト給付金法の改正を求める声明を、下記の通り発出いたしました。
国と建材メーカーが拠出する建設アスベスト給付金制度の実現にむけて
建設アスベスト給付金法の改正を求める理事会声明
建設アスベスト訴訟の最高裁判決で国の責任が確定したことを受けて、アスベスト(石綿)に曝露した労働者等の疾病被害と精神的苦痛の賠償をはかるために、2021年、「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」(建設アスベスト給付金法)が制定された。この法律は、被害者への「迅速な賠償を図る」ことを趣旨とし、国が給付金を支給することを定めている。
しかし、責任を問われてきた石綿含有建材メーカー(建材メーカー)各社はこの給付金制度に資金を拠出しておらず、汚染者負担の原則からみて、あたかも加害責任が免責されたかのようないびつな制度になっている。建材メーカー各社が社会的責任を果たし、SDGs(ことに目標12「つくる責任つかう責任」)に寄与・推進するためにも、給付金制度の見直しが急務である。
このような認識のもと、建材メーカー各社が企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)およびSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の推進という観点から給付金制度に参加すること、ならびに国に対し汚染者負担の原則にのっとった賠償枠組みを構築するため、建設アスベスト給付金法改正を求める理事会声明を発出する。
本声明発出の背景(参考説明)
1.本声明に関する環境社会学の視点
環境社会学は、①有害物質が工場や事業所内で労働災害(労災)を発生させ、敷地を超えて環境中に放出された際に公害問題になるという空間スケールの連続性を議論し、②生命・健康という身体被害にとどまらず、労働、生計、家族の役割、将来設計など連鎖的に多様な被害をもたらすという被害構造において労災と公害被害に類似性があると指摘し、③被害が時間の経過とともに増幅されるという時間スケールで問題を捉えてきた。このなかで、古くて新しいアスベスト問題についても、個別に研究が蓄積されてきた。
2.アスベスト問題の特徴
アスベストは、採掘から廃棄にいたるすべての段階で、環境に負荷を与え、生命・健康を脅かす。ロシア、カナダ、南アフリカなど世界のアスベスト鉱山での採掘現場、陸路や海路での運搬・輸送過程、原料化・製品化する工場や事業所、製品を使用する現場で被害をもたらしてきたアスベストは、グローバルに汚染問題を引き起こしてきた。
アスベストは、30~40年とも、それ以上ともいわれる長い潜伏期を経て、中皮腫や肺がんなど重篤な疾患を引き起こす。日本でのアスベスト使用のピークは1970~1990年代前半で、1995年以降、中皮腫の死亡者数は著しく増加してきた。
阪神・淡路大震災(1995年)をはじめとする災害時の家屋倒壊やがれき撤去に伴うアスベスト飛散、工場周辺の住民に健康被害が多発した「クボタ・ショック」(2005年)を経て、2008年に建設アスベスト東京1陣訴訟が提訴された。これを契機に、全国各地で建設アスベスト訴訟が提訴された。日本でのアスベスト使用の多くが建材だったため、特に建設工事従業者の健康被害が顕著だったのである。
3.国の責任の確定と建設アスベスト給付金法
建設アスベスト東京1陣訴訟は、2021年の最高裁判決で国の責任を確定させた。判決を受けて、国は建設アスベスト給付金法を制定した。建材メーカーの責任については、高裁での差戻審で2024年12月に和解案が提示された(2025年1月には東京2陣でも和解案が出された)。この点、被告となった建材メーカーが和解案に合意し、全面的な被害回復が実現することが望まれる。
4.汚染者負担の原則の歪み
建設アスベスト給付金法は、迅速な賠償を図るために、裁判に訴えなくとも国が被害者に給付金を支給する仕組みになっている。建材メーカーはこの枠組みに入っておらず、裁判で賠償責任が認められた場合にのみ賠償するのであれば、訴外の被害者に対し汚染者負担の原則による原状回復の責任は及ばないことになる。
さらに、建設アスベスト訴訟は主要な建材メーカーのみを被告にせざるを得なかったため、訴外の建材メーカーの責任は、事実上、汚染者負担の原則から外れて、宙に浮いた形となっている。建材メーカー間での不平等・不公正をなくし、すべての建材メーカーが建設アスベスト給付金制度に参加する仕組みが必要である。
5.企業の社会的責任(CSR)とSDGs
主要な建材メーカーの少なからずが、CSRやSDGsに取り組んでいる。だが、建設アスベスト被害者の被害回復に関する限り、CSRの人権方針やSDGsの「誰一人取り残さない」という理念とは大きく乖離していると言わざるを得ない。
東京1陣に続いて、2陣でも和解勧告が出されている現在、後続の裁判原告のみならず、訴外の被害者に対して、建材メーカーが適切かつ迅速に被害回復を図るうえで、給付金制度への参加は現実的かつ有効な方策である。
人権への配慮や環境への貢献は企業の社会的責任である。また、SDGsの推進は企業の経営を進歩させ、企業の価値を上げる。主要な建材メーカーは環境保全に寄与する技術を持ち、あるいは環境経営に努力しているが、アスベスト被害の放置は、そうした努力を「SDGsウォッシュ」(みせかけのSDGs)として台無しにしかねない。企業価値や企業イメージを底上げするためにも、SDGsの「誰一人取り残さない」理念を軸に、すべての建材メーカーが給付金制度に参加することには大きな意義がある。
6.「附則第2条(検討)」の議論による法改正の実現
すべての建材メーカーが給付金制度に参加するために、建設アスベスト給付金法の附則第2条(検討)「国は、国以外の者による特定石綿被害建設業務労働者等に対する損害賠償その他特定石綿被害建設業務労働者等に対する補償の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」に明記された「検討」を早急にすすめ、法改正を実現することを求めたい。
*発案者 関礼子・友澤悠季・中地重晴・堀畑まなみ・藤川賢・寺田良一(順不同)