第5回環境社会学会奨励賞が以下の通り図書1点、論文2点に授与されました。第6回環境社会学会奨励賞にも積極的なご推薦をお願い申し上げます。以下は受賞理由と受賞者の言葉です。
著書の部:野澤淳史, 2020『胎児性水俣病患者達はどう生きていくか-<被害と障害><補償と福祉>の間を問う』世識書房.
受賞理由
本書は、65歳を迎え高齢者に分類されることになる胎児性水俣病患者を軸に、人生を通じた被害に対する社会的対応および社会学的研究の不足部分を正面から論じようとする意欲作である。その問いは大きくは2点あり、1つは、被害補償・障害者福祉・高齢者福祉の関係に関するもので、補償と福祉の制度を組み合わせた被害救済は、現実には加害責任の一部を免責することになっており、汚染者負担原則の観点からも、補償協定の精神からも疑問があるにもかかわらず、放置されていることへの批判である。
もう1つは、「人間として生きたい」という胎児性患者たちの声に向かい合ってこなかったことに関する、環境社会学への批判的考察である。環境社会学における水俣病研究の中心は、社会的関心と連動するかのように未認定問題に向かい、あたかも補償されれば被害が救済されるかのような姿勢になった。そのため、環境社会学は、障害者を被害者から区別するなという胎児性患者の声を無視する結果になり、日常の優生学に関する障害学からの問いかけに応えていないと、筆者は指摘する。
選考においては、重要な存在であることは明らかでありつつ十分に取り組まれてこなかった水俣病問題に正面から取り組む姿勢と、熊本水俣病と新潟水俣病との関係への社会学的な問いとして本質的な意味をもつ胎児性水俣病について、障害学と環境社会学の接点という新たな切り口を示した考察とが高く評価された。ただし、この大きな問題提起に対する著者自身の応答という観点からは、さらに考察を深める余地を残していること、調査対象の範囲が限定的で記述の多面性が必ずしも十分でないこと、なども指摘された。
これら今後に期すべき点を含めて、業績としての評価と今後の活躍への期待という両面で、本書は奨励賞に相応しい価値を有している。
受賞のことば
奨励賞をいただき、率直に嬉しく思います。本書の出版、そしてその原型である博士論文の執筆と審査に関わってくださった多くの方々にお礼申し上げます。同時に、この度の受賞は驚きでもありました。本書の目的が、水俣病問題を論じることを通じて、「被害とは何か?」という日本の環境社会学の根っこにある問い自体に切り込むことであったからです。このような議論の道筋が学会内でどこまで受け入れられるかについては、正直に言えば自信がありませんでした。本書が奨励賞を受賞したことの意味をよく考え、環境社会学という学問に対する自分の立場と役割を自覚し、今後も貢献していけるよう励んでいきます。
公式確認から66年が過ぎた今、水俣病問題は正念場を迎えています。本書が対象としている認定胎児性患者と同世代の未認定患者たちが展開してきた裁判などにおいて、被害者にとって厳しい判決や決定が次々に下されています。近い将来、今度こそ「水俣病は終わった」と言える、そのような条件が整うかもしれません。学会として、今こそ水俣病問題に向き合う時期であると考えています。今回の受賞を励みにして、これまで以上に水俣病と向き合い、調査研究に取り組んでいきたいと思います。
野澤淳史(東京経済大学)
論文の部:藤原なつみ, 2020,「持続可能な食消費に対する社会的実践理論からのアプローチ――購買行動に関するアンケート調査の分析より」『環境社会学研究』26: 95-110.
受賞理由
本論文は、持続可能な消費に向けて意識をもちつつも行動に結びつかない、その阻害要因について、社会的実践理論を用いつつ調査によって実証しようとするものである。テーマの設定も作業仮説から調査設計にいたる過程も社会学的で、とくに消費者個人の選択に着目するattitude-behavior-gapに対して社会的な要因を重視する社会実践理論にもとづく作業仮説を立て、自ら調査する姿勢は高く評価すべき点である。意識と行動のズレを指摘して終わりにするのではなく、ズレの原因を究明することで改善につなげることを射程に入れた研究姿勢は、環境社会学会において重視されてきたものでもある。
著者自身も認めているように、研究全体の課題と質問票調査の設計との間に整合していない部分が見受けられ、持続可能な消費行動の定義や指標などを含めて、考察と実証との連携には課題を残している。
とは言え、理論的にも現実的にも重要性の高い問題を設定し、実証研究につなげていく意欲と手腕は称賛に値すると言えるだろう。
受賞のことば
このたびは素晴らしい賞をいただき大変光栄に存じます。これまで研究をご指導くださった皆さま、FEASTプロジェクトの皆さま、ご助言やコメントをくださった皆さま、本研究にお力添えくださったすべての方々に御礼申し上げます。
本論文の出発点は、消費者が持続可能な消費に肯定的な態度を示しつつも実際には購入しない/できない状況が個人の意思決定に着目して説明されることに対して、一人の消費者として疑問を抱いたことにあります。この疑問と向き合うために社会人大学院生として大学院に入学し、個人と構造の相互作用に着目した社会的実践理論を援用しつつ、態度と行動の不一致が形成される背景とその解決方法について実証的に研究することを試みました。素朴な問いを研究論文へと昇華させていくプロセスは試行錯誤の連続でしたが、このたびの受賞により、日々の生活の中で出会った問いを育てていくこと、多様な経歴や背景をもつ会員が研究に取り組むことに対して、大きな励ましをいただいたと感謝しております。
ご指摘いただきましたように、本研究には、考察と実証の連携をはじめとして、未熟な点が多く残されております。今回の受賞を励みに精進して参りたいと存じますので、今後ともご指導のほどよろしくお願い致します。
藤原なつみ(九州大学)
論文の部:伊東さなえ, 2019 「ネパール・カトマンドゥ盆地における震災下のローカリティの生産 --瓦礫と祭りの関係に着目して--」『アジア・アフリカ地域研究』19(1): 1-27.
受賞理由
本論文は、2015年4月にネパールで発生した地震により大きな被害を受けたカトマンズ近郊の村におけるがれき処理と祭りとの関係に関する調査にもとづく考察である。被災後、恐れられたまま放置されていた損壊住宅のがれきが、祭礼の巡行が決まることによって片付けられていく、その変化が捉えられている。長期滞在をともなう調査だからこそ時間的な過程がしっかりと記述され、祭礼の意味、その実施有無や手順決定の過程、その間における人びとのがれきに対する認識などが丁寧に記述されている。
掲載誌との関係もあって、環境社会学の先行研究への言及や理論的考察が明示的とは言えないものの、挙げられている文献などからも「ローカリティの生産」という視点の設定や問題意識が環境社会学に深くかかわることは伝わり、今後の環境社会学における災害研究に寄与する示唆も含んでいる。環境社会学が広範な関連分野との学際性を重視するものであることを鑑みても、本論文の意義は大きく、また、今後の展開も期待できる。
受賞のことば
この度は、環境社会学会奨励賞(論文の部)にご選出いただきありがとうございました。他誌掲載の論文にもかかわらずご選出いただいたこと、大変光栄です。この論文は、ネパールで2015年に発生した地震についての調査結果をまとめたものです。特に、瓦礫とお祭りに着目しました。
調査地では、震災後2か月が経過しても、まっすぐ歩けないほどに瓦礫が堆積していました。しかし、その瓦礫は祭りが近づくと、一気に撤去されました。そして、それを契機に、村は復興へと向かい始めました。この時に何が起こっていたのか、というのが、本論文の問でした。
2017年の環境社会学会では、この論文のもとになるアイディアを発表し、たくさんのコメントやご質問をいただくことができました。環境社会学の廃棄物や災害に関する議論は、文化や社会・経済的な状況は異なるものの、ネパールにも充分に応用できるものと考えており、この論文でも参照しております。
今後もネパールを主な調査地とし、復興過程を探究していきたいと思います。現在、特に興味を持っているのは、災害を記憶し、伝えていく方法が、日本とネパールで異なるのではないかという点です。この点について、比較の視点も持ちつつ調査していきたいと考えています。今後ともご指導のほど、何卒よろしくお願いいたします。
最後になりましたが、ご推薦いただいた先生方、さまざまな観点からコメントくださいました先生方、そして、震災後の大変な中で、祭りに参加させてくれ、いろいろなお話を聞かせてくれた調査地、パンガ村の皆さまに、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。
伊東さなえ(日本学術振興会RPD)