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第6回環境社会学会奨励賞が以下の通り図書1点、論文2点に授与されました。第7回環境社会学会奨励賞にも積極的なご推薦をお願い申し上げます。以下は受賞理由と受賞者の言葉です。

著書の部:谷川彩月, 2021『なぜ環境保全米をつくるのか―環境配慮型農法が普及するための社会的条件』新泉社.

受賞理由

本書は、宮城県登米地域における減農薬稲作の普及過程に関する事例調査とそれに基づく考察である。基準が厳しい有機農業よりも、比較的基準の緩い特別栽培米の方が地域の環境保全にとって現実的な選択になり得るが、それには多数の参加が必須である。それについて、「運動」として始まった環境保全米が、なぜ農協の「戦略」となったのか、また、どのような農家がどのように環境保全米を選択するようになったのかを明らかにしている。

審査の過程で委員がそろって評価したのは、調査方法の選択などにおいても現実の描写と分析においても、環境社会学の先行研究や研究手法を幅広く踏まえた手堅さが貫かれていることである。それは、理念と現実とをつなぐものとしての社会運動論に新たな可能性を拓くものでもある。著者は第1章で、本書の課題として、「農業環境公共財におけるフリーライダー問題にいかに対応するか」「非知のコミュニケーションにおける規範の喚起とそれによる不公正の助長をいかに回避するか」「農業環境公共財を供給するためのコストやリスクが農業者に偏在している」という3点を挙げる。他方、終章は「〈ゆるさ〉から「持続可能な農業」をつくる」と題されている。両者だけを並べるとギャップがあるようにも見えるが、課題をリサーチクエスチョンに落とし込み、事例研究、インタビュー調査、質問紙調査などを効果的に組み合わせて調べ上げていく過程の手堅さに支えられて、本書ではそれが見事に一貫している。関連して評価されたのは、研究領域を超える視野の広さである。地域環境保全の観点から減農薬栽培を見るだけでなく、順応的管理やエコロジー的近代化論などの成果も活用することで有機農業研究や地域環境保全論を含めた関連分野にとって貴重な示唆を与えている。

手堅さの故に、成功例についての調査を踏まえて〈ゆるさ〉の意義を考察するための理論的背景や農業者中心の動きと消費者側の視点との関連などに関してはさらに踏み込む余地を残しているように見えるが、それは今後の研究への期待を高めるものでもある。それらの展望を含めて研究の完成度が高く、本書はまさに奨励賞に相応しい作品である。

受賞のことば

この度はこのような賞をいただき、大変光栄に思います。まずはこの本の元となった博士論文をご指導いただいた先生方、そしてフィールドでお世話になった登米のコメ農家の皆様、JAみやぎ登米の職員の方々、仙台の環境保全米ネットワークの皆様に感謝申し上げます。選考ではフィールドで得られたデータの豊富さを評価いただきましたが、そうした評価が得られたのは、農家の方々と彼らを支える農協職員の方々が、コメ作りへの情熱を絶やさずに全国を飛び回っておられ、その開放的な気風をもって私を迎え入れてくれたからに他なりません。皆様のコメ作りへの深い情熱と飽くなき探求心に、この賞を捧げたく思います。

コメの大規模生産地である登米では、この本の主題である環境配慮型農法の導入だけでなく、飼料米や輸出米など、数々の生き残り戦略が模索され、地域をあげて推進されてきました。これらの施策の中には、環境保全の観点からみれば矛盾するとみなされうるものもあります。こうした矛盾を抱えながら、国内での米価の落ち込みが恒常化している現状で、どのようにすれば地域環境保全と地域農業保全を実際的に両立させることができるのか、これからも現場から考えていきたいと思います。

谷川彩月(人間環境大学)

論文の部:平原俊, 2022「自然資源管理に関する市民参加論の「限界」再考」『林業経済』75(3), 1-16.

受賞理由

本稿は、自然資源管理における市民参加のあり方についての学説史的論考である。著者自身が明言しているとおり、基本的には林政学の視点から書かれており、環境社会学への言及はその手段に過ぎない。とは言え、研究領域や主題にとらわれずに広く先行研究を考察することにより、エコシステムマネジメント、コモンズ論、ガバナンス論など自然資源管理に関する市民参加論の国内研究が分かりやすく整理され、市民参加の必要性は強く打ち出せても現実的な展開には「限界」が際立ってくるという批判的考察から次なる展望を拓こうとする考察も力強い。関連してつけ加えておくと、本稿は純粋なレビュー論文であるが、筆者自身は現場にかかわり続けており、本稿も、その実践的な経験と調査研究によって説得力を高めている。論文としての位置づけが環境社会学会の奨励賞に適しているかどうかについては議論があったが、現場と研究者の関係についての著者の経験と考察を踏まえて生まれた論文であることは間違いなく、環境社会学全体への寄与も大きいことを評価した。

受賞のことば

このたび、環境社会学会奨励賞という栄誉ある賞をいただくことができ、大変嬉しく思います。本論文は、自然資源管理にかかわる市民参加論について1980年代から現代にかけてのレビューを行い、その内容や取り巻く状況の変化を論じたものです。推薦者、査読者、選考委員のみなさま、そして、これまでにこの分野の研究の深化に貢献されてきた先輩方に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

私はこれまで、里山や草原、森林などの管理に参加するNPO・ボランティアの取り組みについて、実践にかかわられている方々からお話を伺い、ときに一緒に汗を流しながら研究を行ってまいりました。本論文でもお示ししたように、自然資源管理における市民参加は2000年代には各方面の政策においても学術研究においても市民権を得ていくのですが、それからおよそ20年が経過した現在も、現場レベルでは試行錯誤が続けられているように感じています。

本論文は、以上のような状況を説明する“診断書”とはいえるかもしれませんが、課題の解消に向けた道筋を示す“処方箋”にはなり得ていないと感じています。市民参加という実践的な活動を対象とする以上は、後者までを追求する姿勢を保持すべきだと考えていますので、これまでお世話になった方々に少しでも恩返しができるよう、これからも情熱をもって研究に取り組み続けていきたいと思います。

平原俊(東京農工大学)

論文の部:廣本由香, 2021「実践コミュニティの環境創出-沖縄県石垣市一般廃棄物処理施設立地から延命化計画への過程」『環境社会学研究』27, 209-224.

受賞理由

本稿は、石垣市における一般廃棄物処理施設建設と、それから20年後の建て替え・延命化措置をめぐるコミュニティ活動をたどる調査を柱としているが、NIMBY問題や環境紛争についての事例研究に留まらず、住民と行政の「対話」のあり方を通して「実践コミュニティ」論を具体化する理論的な試みでもある。著者は、紛争と解決のための合意形成ではなく、多様な主体による参加と相互理解のための「学び」に着目し、対話と学びから「環境」が創出される可能性を示そうとする。審査の過程では、その独自性と、石垣島嵩田地区の地理・歴史的な背景を踏まえて事例分析につなげる実証的な姿勢が高く評価された。

ただ、協定の見直しに向けた話し合いが進行中であることもあり、先行研究を踏まえた課題設定から調査に基づく事例分析への過程に比べると、そこから考察・結論に至る部分には時間と紙幅が足りていないようにも見えるが、今後それらが明らかにされていけば、さらに実り豊かな調査研究になるはずである。「実践コミュニティ」という概念によって環境創造の主体としてコミュニティを再考する方向には多くの選考委員が関心を寄せて、本稿を成果と期待を併せもつものとして奨励賞に相応しいと評価した。

受賞のことば

このたびは学会奨励賞をいただき、ありがとうございます。たいへん嬉しく思いますし、今後の研究の励みにもなります。

この論文で取り上げました一般廃棄物焼却処理施設(石垣市クリーンセンター)が立地します沖縄・石垣島の嵩田地区というところは、2023年3月に開所されました陸上自衛隊石垣駐屯地に隣接する地域でもあります。石垣島中部に位置し、島の中でも有数の農業地域で、パインやマンゴーなどが生産されています。住民で構成される嵩田公民館は、立地隣接地域としてこの場所での建設に反対を表明しておりましたが、その「声」が行政や司法に聞き入られることなく現在に至っております。論文中では言及することができませんでしたが、この論文は石垣島の陸自問題を論じるための足掛かりとして、さらに住民運動の歴史と地域づくり(シマおこし)の実践を発展的に論じるために書き始めたものです。その際に人類学を中心に議論が重ねられてきた実践コミュニティ論を援用しました。この論文を出発点にして、この地域を起点にした住民運動と地域づくり(シマおこし)を有機的に論じられるように、引き続きフィールド調査を続けてアプローチ法を追究していきたいと思います。

最後に、これまでのびのびと調査・研究ができるような環境をつくってくださった先生方や現場の方々に、この場をお借りして感謝を申し上げます。ありがとうございました。

廣本由香(福島大学)