Skip to main content

環境社会学会は、2024年3月12日に、2023年度環境社会学会特別研究例会「修士論文・博士論文発表会」をオンラインで開催しました。報告を掲載します。

特別研究例会「環境社会学・修士論文発表会」の報告

谷川彩月(人間環境大学)

2023年度の修士論文・博士論文発表会では、4件の報告(修論2件、博論2件)が揃い、20名ほどの参加者を得た。

第一報告(修論)「有機農業の展開過程と地域社会:『有機給食』を巡るシンボリックな意味構築とネットワーク形成をめぐって」(坂井和夏菜)では、愛知県東郷町における有機給食施策を事例として、諸アクターが「有機」や「有機給食」をどのように意味づけており、そしてどのような合意形成過程を経てきたのか、またどのようにしてこの施策への動員がおこなわれてきたかが、詳細なインタビュー結果から示されていた。分析では、「有機」や「有機給食」への意味づけがシンボル概念を通して捉えられ、くわえてプロセス分析のために運動の3段階理論が用いられた。スライド資料では、事例関係者らが構築したネットワーク構造が細やかに図示化されており、綿密な調査をされていたことがわかった。参加者からは、複数の分析枠組みをどのように用いることがこの事例を説明するにあたって有効かという質問や、行政主導で実施されている施策を「運動」として捉えることが可能なのかという質問が寄せられた。

第二報告(修論)「自然資源管理の集約めぐるレジティマシー:アンダーユース問題の解決にむけて」(清水勇輔)では、岡山県西粟倉村の「百年の森林づくり事業(百森事業)」を事例に、森林所有者における当事業への協力/非協力態度がどのような要因によって醸成されるかということが、レジティマシーを鍵概念として分析された。結論では、経済的利益に関するプラグマティックなレジティマシーだけでなく、信頼といった道徳的レジティマシーも重要であることが示され、また、資源管理をめぐる公的セクターの役割へ着目することの重要性などが提起された。第一報告と同様に、手厚い調査から丁寧に事例を紐解こうとする研究姿勢が伝わってくる報告だった。参加者からは、行政施策への合意形成といった側面から第一報告との共通性を指摘する意見や、事例地域の林業に関する基本的情報についてもう少し詳しく知りたいという質問が出た。

第三報告(博論)の「ラオス山村における生存基盤研究:日常と非日常の世帯間ネットワーク」(福島直樹)では、ラオス国内において市場や行政サービスなどからの影響が相対的に小さい山村集落が事例とされ、日常時および非日常時の世帯間ネットワークのありようが精緻に収集されたデータから示された。結論では、当該山村における生存基盤は各種貸借を可能とするネットワークの維持にあり、そのネットワーク基盤の弱さは、経済的局面、子どもの数、家族周期を主な要因として出現するという旨が述べられた。参加者からは、世帯という分析単位がどれほど妥当であるのか(それ以外の分析単位もあり得るのか)という質問や、結論部における因果関係の説明(世帯の経済的局面が原因、ネットワークの多寡が結果)は適切なのかということが確認された。

第四報告(博論)の「鉱山経営に伴う環境汚染と健康被害の不可視化の条件に関する研究」(匂坂宏枝)では、足尾銅山および久根鉱山で起こった鉱害に対し、誰がどのように健康被害を不可視化させたのか、そして健康被害が不可視化されるところとはどういった場所かということが問われた。結論部分では、環境政治学と環境社会学にまたがる5つの概念を組み合わせた説明図式が示され、被害が不可視化されていくプロセスが分析された。過去の史料の収集から現在の関係者への聞き取り調査に至るまで、さまざまな調査方法が組み合わされることで、事例地域における被害の歴史や経緯が明らかにされていた。参加者からは、特に5つの分析概念を組み合わせることがどんな学術的意義を持ちえるのかといった点に質問が集中し、また、報告内で用いられた語句の定義に対していくつか確認があった。

熊本研究活動委員長の講評でも述べられていたことだが、事例分析において理論をどのように用いるべきか、あるいは分析したい事例に適う理論をどのように選ぶべきかというところが、今回の4報告に共通して指摘できる部分であったかと思う。この点について、博論の2件では「世帯」や「受益圏・受苦圏」といった(環境)社会学に比較的なじみの深い理論や概念が用いられたいっぽうで、修論の2件で取り上げられた事例は有機給食やアンダーユース問題といった比較的新しい事象であり、既存の概念をどこまで当てはめられるのか、またどのような理論を用いて説明することが事例の理解に有効であるのかが問われるべきところなのではないかと感じた。おわりに、報告者4名の今後のご活躍を祈念し、またさらなる研究の深化に期待したい。